こんにちは、佐藤小雪です。

 

わたしは小学4年生の頃に初めてダイエットをしたのですが、それからの私の生活は、ダイエットに執着し、それと同時に食べる事にも執着し続けるという、そんな生活をずっと繰り返しておりました。

 

社会人になってからは特に徹底していて

・朝は、お茶碗半分のご飯と少しのおかず。
・昼は、女性の拳よりも小さなおにぎりを2つ。
・夜は、基本的にはナシ。我慢できない時はお菓子を少し。

 

それに加えて、過度の運動もこなしておりまして(運動する前はバナナ1本を食べていました)、スポーツジムに通い、ランニングマシーンで10キロを45分で走り、そのあとはエアロバイクを最低30分。それでも満足できない時は更に走り、最初の頃は週4〜5日と決めていたのに、気がつくと週7日でスポーツジムに通っておりました。そして運動とは別で半身浴も1日45分〜2時間を義務付けていて、1日を完璧に過ごさないと納得ができないという、強迫観念のようなものに襲われながら生活をしておりました。

 

友達とご飯の約束をすると食べ過ぎてしまうかもしれないし、友達との約束よりも運動の方が大切でしたので、あまり友達とも遊ばなくなっていて、しまいには、祖母が危篤の時ですら私はスポーツジムに行っておりました。祖母も大切だけど、スポーツジムに行かない選択をすることができないぐらい、私は、痩せることに依存していたのです。

 

20代半ばに差しかかろうとしていた頃だったと思います。過度な食事制限をしても、過度な運動をしても、体重が減らないどころか増えていくという謎の現象に悩まされるようになっていたのですが、

 

それが耐えられなくて嘔吐をするようになり、理性の効かない過食衝動、食べる事に対する執着と痩せる事への執着が増していき、髪はパサパサになり抜けてきて、肌も爪も乾燥して、体温は35度。その頃は生理も止まっていて、将来に対する漠然とした不安を抱えつつ、それでも痩せることを手放せなくて、痩せてない人生なんて考えられなかったし、痩せてない自分に意味を見出すことがどうしても出来きなくて、相変わらずハードな生活を繰り返しておりました。

 

周りの友達はみんな可愛いし、個性的だし、ステキな長所を持っていたのに、"私はただの人"だった。当時の私は自分のことをそんな風にしか思えなくて、だから余計に痩せている事にしがみついてしまい、0、1キロでも体重が増えると、イライラして惨めで悲しくて鏡をかち割りたくなる衝動を抑えるのに必死でした。

 

だけど、そういった発狂したくなるような理性の効かない感情を抱えつつも、どこかでそんな自分を"何かがおかしい"と客観的に捉えており、それで色々と調べていたのが20代後半に差し掛かった頃だったと思いますが、その時初めて、自分が摂食障害だということを知ったのです。

 

当時のわたしは、摂食障害という言葉を知りませんでしたが、調べれば調べるほど摂食障害の症状と重なることが多くて、藁にもすがる思いで情報を集めて沢山の情報を読み漁り、本当に沢山の葛藤がありましたが「治す」と決意し、30代を迎える頃には完治しておりました。

 

この記事を見つけて下さったあなたはきっと、摂食障害という得体の知れない病気に苦しんでいることと思います。場合によっては、誰からも理解されずに苦しんでいる方もいらっしゃると思いますし、理解してくれる家族がいたとしても、孤独を感じながら過ごしている方もいらっしゃると思います。そして何よりも『この先どうなってしまうんだろう』という思いを抱えて、将来が不安なのではないかと思います。

 

だけど、どんな状況でも摂食障害を治すことができます。わたしがこのサイトを通してお伝えしたい事は「摂食障害は治る」という事です。

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◯”摂食障害は難病です”という言葉の影響力

 

摂食障害が難病に指定されたのは、ここ数年の話です。難病や指定難病とされる要因はいくつかあるようですが、わたしが今回お話したいのはそういう難しい事ではなくて、医療に詳しくない方が"難病"という言葉を叩きつけられた時に、まず最初に思い浮かべる事は何か、ということです。

 

おそらく多くの方が、"難病"と聞いた時に「治り難い病気」もしくは「治らない病気」と思うのではないでしょうか。

 

たしかに難病に指定されるぐらいなので、治り難いのは確かでしょうし、難病とされている他の病気も同じように、治り難いのだと思います。摂食障害以外の難病に関しましては、わたし自身経験したことがないので大きな事は言えませんが、摂食障害を経験した私としては、摂食障害が難病だという事に対して少し疑問があります。

 

"摂食障害は難病だ"という答えは一体誰が出した答えたのかという事を考えてみると、おそらく摂食障害を経験していない方だと思うのです。と言いますのも、摂食障害を経験して完治した方というのは「摂食障害は治る病気」と言い切っている方がほとんどだからです。

 

もちろん、完治した方それぞれが、計り知れない葛藤をしてきた事と思いますので、そういった意味でも、摂食障害を完治する事は大変な事かもしれませんが(人によってはスーッと治る方もいらっしゃいます)、だけど、それでも治るのです。それなのに"難病"という言葉を突きつけられると、その言葉に負けてしまって、治らない前提、もしくは治り難い前提で物事を捉えてしまうので、余計に、出口の見えない長い道が続くように感じてしまうのです。

 

お医者様の言葉や厚生労働省の発表というのは、一般人の私達からすると、ものすごい影響力がありますよね。その言葉を否定しているわけではないのですが、例外も沢山あるということを知っていただきたいのです。むしろ、摂食障害を完治された方は沢山いらっしゃいますし、薬がなくたってお医者さんにお世話にならなくたって完治した方は大勢いらっしゃるのですよ^^

 

◯摂食障害に効果的な一番の薬

 

私は、摂食障害のクライアントさんに必ず聞いていたことがあります。それは「摂食障害が一瞬で完治する薬があったら、あなたは飲みますか?その薬を飲んだ瞬間にあなたは摂食障害が治るのですけど、そんな薬があったら飲んでみたいですか?」という質問です。この質問に対して、ハッキリと「その薬を飲みたい」と言い切った方はいらっしゃいませんでした。
要は、摂食障害を治したいと思いつつも、摂食障害でいることで得ていることの方が大きいということなのです。

 

『摂食障害で得ていることはあるけど、それでも私は克服したいんだ』と心の底から思えた時に、治る方向へ気持ちが進みだします。お腹の底から決意することができれば、視点が変わってきて、受け取る情報が変わってきます。これは、自己啓発的な表現でもありますし、心理学的な表現でもありますし、スピリチュアル的な表現でもありますが、揺るがない決意ができれば、心の枠が外れます。スコトーマが外れて盲点が見えるということでもありますし、抽象度が上がるという事でもありますし、あなたが信じてきた心のフィルターが壊れるという事でもあります。

 

つまり、あなたの揺るがない決意が、一番の薬なのです。それが難病と言われている摂食障害を治すために必要な薬だと私は思っております。

 

だけど、治したいと思いつつ、治したくないという自分がいることを責める必要は全くなくて、「今の私はまだ治したくないんだな」という自分の気持ちを認めてあげてくださいね。最初から揺るがない決意ができなくなって良いんです。もっというと、徐々に決意できれば、それでも大丈夫ですのでね。

 

ただ、1つだけ信じてほしいことは、先ほどもお伝えしたように「摂食障害は治る」ということです。これだけは信じていて下さい。

 

◯まとめ


これから少しずつ摂食障害の記事を書いていこうと思っておりますが、その全てに共通して言いたいことは「摂食障害は治る」ということです。そのためには、様々な心の葛藤があり覚悟が必要になってくると思いますが(稀にすぐ治る方もいらっいます)、治すと決意することさえできれば、必ず完治する病気です。今すぐに決意ができなくても良いので、「摂食障害は治る」ということだけを忘れないで頂きたいです。そうすれば、あなたの心と体のタイミングが整った時に、しっかりとチャンスを掴めるはずですのでね^^

 

次回から少しずつ、摂食障害のお話に触れていきたいと思います^^

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

この記事の執筆者

佐藤小雪

佐藤小雪
10歳でダイエットを始め、気がつくとダイエットに依存し、20代半ばで摂食障害を発症、29歳で完治。摂食障害克服後、「私は生き辛かったんだ」と本当の意味で気づき、受け入れ、向き合う。
現在は瞑想をライフワークとし、こころについて学び続けております。
摂食障害、親子関係など、様々な経験から”こころ”についてお話しさせて頂きたいと思っております。
あなたの”こころ”に小さな光を灯す事が出来ましたらとても嬉しいです。