こんにちは、佐藤小雪です。

 

今回は、前回に引き継づき親子関係のお話なのですが、今回は”親子関係から生じる生き辛さ、「長男気質、長女気質」”についてです。

 

 

 

私には2歳離れた兄がいるのですけど、小さい頃から兄のことを「お兄ちゃん」と呼んだことがありませんでした。私としては、兄のことを「お兄ちゃん」って呼びたかったのですけど、母からは「うちにはお兄ちゃんも妹もないの」と言われておりまして、兄を「お兄ちゃん」と日常的に呼ぶということが許されなかったのです。苦笑 だけど今なら、「長男として育った父」と「長女として育った母」がこのことで何を伝えたかったのか、どんなふうに私たちを育てたかったのかが分かる気がします。

 

ということで今回は、私が育った環境から感じたことやクライアントさんとの関わりで感じたこと、そして私の友人達との関わりで感じたこと、この3つの視点からお話しさせていただこうと思います^^

 

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◯”長男気質、長女気質”を創り上げているのは誰なのか

 

前回と少し似たようなお話しになってしましますが(前回のお話しはこちらです)、長男には優しい人が多いとか、長女にはしっかり者が多いとか、こういったお話しを聞くことってとても多い気がします。最近私の会社で新卒求人を募集しておりまして、高校生の男の子が面接に来たのですけど、どうやらその男の子が3人兄弟の末っ子だったようで、そのことに対して「末っ子ということは〇〇だね、きっと」というような会話が事務所内で繰り広げられておりました。

 

その時に改めて思いました。「長男気質」「長女気質」を創り上げているのは、私たち大人なんじゃないかって。

 

「長男は〇〇だ」とか「長女は〇〇だ」という考えを持っている大人たちが、「あなたはお兄ちゃんなんだから優しくしないとダメよ」とか「あなたはお姉ちゃんなんだから我慢しなさいね」とか、そういう価値観を子どもに押し付けているのです。小さな頃から、両親や祖父母、周りの大人たちにこういった言葉を向けられていると、「優しいお兄ちゃん」「我慢強いお姉ちゃん」に育って当たり前ですよね。それなのに私たち大人は、あたかも、長男として生まれた子は「優しいお兄ちゃん」、長女として生まれた子は「我慢強いお姉ちゃん」が自然と出来上がったかのように「長男ってことは〇〇だな」とか「長女ってことは〇〇だな」と言うんです。

 

そしてそうなると、自然と末っ子のイメージが出来上がってしまいますよね。「優しいお兄ちゃん」、もしくは「我慢強いお姉ちゃん」がいるのだとしたら、末っ子は「自由で甘やかされた子」というイメージがつきやすいかと思います。大人たちが「お兄ちゃんは優しくないとダメ」とか「お姉ちゃんは我慢しないとダメ」というような言葉を子どもに伝え続け、その結果、大人たちが望む「優しいお兄ちゃん」と「我慢強いお姉ちゃん」が出来上がり、その流れで「自由で甘やかされた末っ子」が出来上がるんです。もしくは「お兄ちゃんなのに優しくないお兄ちゃん」「お姉ちゃんなのに我慢できないお姉ちゃん」という、長男長女が出来上がったりもします。そもそも「長男気質」「長女気質」なんて大人が創り出した価値観に過ぎません。

 

そして結果的にこの大人たちの言葉や価値観が、子どもの自由な心に制限をかけてしまうのです。

 

考えてみて下さい。「お兄ちゃんなんだから優しくしないといけない」「お姉ちゃんなんだから我慢しないといけない」というこの考えに対して、具体的な正しい理由をお話しできる方っているのでしょうか?お兄ちゃんだから優しくしないといけない理由ってありますか?お姉ちゃんだから我慢しなければいけない理由ってありますか?

 

きっと、今現在お子さんがある程度成長されている方でしたら、「生まれた順番なんて関係なく我慢は必要」というような意見をお持ちの方が多いと思いますけど、だけど思い返してみて下さい。おそらくお子さん達が小さかった頃は日常的にそのような言葉を使っていたのではないでしょうか。あなたはどうですか?

 

とはいえ、生まれた順番に「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」「弟」「妹」という言葉を使うこと自体は悪いことだとは思いませんが、過剰なまでに使ってしまうと、「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」という言葉そのものが、「僕はお兄ちゃんだから」「私はお姉ちゃんだから」という無意識の心の制限となってしまい、いわゆる「良い子ちゃん」になってしまいがちなのです。もしくはそれとは逆に「良い子ちゃん」になれなかった子は、無意識のうちにその逆を目指してしまったり、「私はダメな子」というレッテルを自分自身に貼ったりもします。

 

「良い子ちゃん」は「親や大人たちにとっての良い子ちゃん」なだけであって、本人からしてみると「生き辛さ」につながることが多いのです。そしてその生き辛さにも気づけずにいる方も多くて、大人になっても、「優しいことは良いこと」「我慢は大切」という気持ちを疑いもせずに、本来持っている自分の気持ちを外に出せずに「優しい子」「我慢強い子」を無意識に演じ続けてしまいます。

 

「優さ」とか「我慢」とかは、生まれた順番なんて関係ありませんよね。大人たちが「お兄ちゃんなんだから優しくしなさい」とか「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」とか、そんなことを言わなくたって、兄弟や姉妹との関わり合いの中でその子にあった「お兄ちゃんらしさ」や「お姉ちゃんらしさ」を自然と身につけるでしょう。なので「お兄ちゃんなんだから」とか「お姉ちゃんなんだから」という言葉は、私個人としては子育てには必要はないのではないかと思っております。お兄ちゃんでも弟でも、お姉ちゃんでも妹でも、叱る必要があると思った時にはそうすれば良いし、「お兄ちゃんなんだから」とか「お姉ちゃんなんだから」という言葉は、無意識だとは言え、大人が子どもをコントロールするための言葉になってしまうことも多いのです。「お兄ちゃんなんだから優しくしないと」という言葉をインプットさせてしまえば、承認を得るために子供は「お兄ちゃんだから優しく在ろう」とするでしょうからね。優しさに、お兄ちゃんも弟も関係ありませんし、我慢することに、お姉ちゃんも妹も関係ありませんよね。

 

先ほども少しお話しましたが、私の家庭では「お兄ちゃん」という言葉が存在しませんでした。なので兄は、家庭内では「兄としての役割」という具体的なものはなくて、「お兄ちゃんだから優しくしないといけない」とか「妹だから許される」という事もなかったのですが、それでも兄は優しい人です。

 

祖父母の家に行けば「お兄ちゃんは優しいね」とかそういう言葉をかけられていた記憶はありますので、完全に「お兄ちゃん」という言葉の影響を受けなかったわけではないと思いますが、その影響が少なからずあったとしても、家庭内では兄と妹の私は、”両親の子ども”という意味では平等でしたので、兄の中にある優しさは「兄としての優しさ」というよりは、「兄」という表面的なものでなく、個人としての純粋な優しさが多いんじゃないかって思います。(とは言え、家庭内では色々とありましたので、その他の事からの影響は受けていると思いますが、今回はそちらのお話は置いておきます。)

 

(大人の影響を全く受けないで育つというのは無理だとは思いますが)仮に完全に大人たちの言葉の影響を受けることなく育ったとしても、自分よりも小さい子を見れば、その子なりの優しさは育つでしょうし、仮に親や大人たちの価値観でいう優しさがその子にはなくたっていいのかなって思うのです。先ほどは、「お兄ちゃんだから優しくしないといけない」「お姉ちゃんだから我慢しないといけない」という理由を問いましたが、もっというと「優しくしないといけない」「我慢しないといけない」ということに対しても、具体的で正確な理由なんで存在しないと思いますのでね。

 

だからと言って、先ほどもお話したように、「お兄ちゃん」とか「お姉ちゃん」、「弟」や「妹」、「末っ子」や「一人っ子」など、こういった言葉自体が悪いわけではないと思っていて、むしろ私は「お兄ちゃんとしての兄」も好きですし、私自身「妹」で良かったなって思いますし、兄弟や姉妹って色々な意味で素晴らしい関係なんだろうと思うんです。だけど、大人の勝手な価値観で、過剰に「お兄ちゃんなんだから」とか「お姉ちゃんなんだから」という言葉は使ってほしくないなって思うんです。

 

前回の記事にも少し書かせて頂きましたが、良くも悪くも大人が子供をコントロールすることなんて簡単なことですし、仮にコントロールを避けて反発して生きていたって、親のその言葉が大人になっても多くのことに影響したりしますのでね。

 

あなたがどのような子育てをしたいかという事よりも、あなたの大切なお子さんに、どんなふうに生きていって欲しいかということを問いただしてみて下さい。そうしたら今回のテーマに限らず、お子さんに向ける言葉にも変化が出てくるのではないでしょうか。枠のない人生を歩んでほしいのならば、枠のない言葉が必要だと思うのです。

 

◯”長男気質、長女気質”が生き辛さを生む

 

「長男なんだから」「長女なんだから」という言葉は、本当に色々なことを制限してしまします。

 

私の友人に、二人姉妹の長女がいるのですけど、彼女の結婚に対する第一条件は「結婚するなら母との同居を承認してくれる人」です。彼女のお母さんはまだまだ元気なのに、彼女は結婚のタイミングで母親との同居を願っているのです。これは彼女が母親によって創り上げられた責任感と、彼女が母親の言葉を吸収して創られた考えです。きっと、彼女の母親も悪気はないのでしょうけど、彼女の話を聞いていると、この考えは紛れもなく母親から創られた考えでした。そして彼女のもう1つの口癖は「妹はズルイ。何も考えてなくて自由で。いつも私ばっかり」です。

 

「我慢は良いこと」とされて、我慢する度に褒められて育った責任感のある長女は、大人になった今、その責任感を持つことで生き辛さを抱えているのです。そして、その原因に気付かずに今もその生き辛さを抱えて過ごしております。(彼女自身、心に興味を持っていないので、私ができることは限られています)

 

私の友人の例えは極端かもしれませんが、このような事も実際にありますのでね。

 

そしてそのことが原因で、兄弟や姉妹の関係に亀裂が入ってしまう、ということも考えられるのです。もちろん、今日書かせていただいた事だけが原因とは言いませんけど、私の交友関係などでも、「長男気質」「長女気質」という価値観を植え付けられて生き辛さを抱えている方も少なからずいらっしゃるのも事実です。

 

この、昔から固定されている価値観を少しずつ見直していくことが、世の中から「生き辛さ」を無くしていくために必要なことなのではないか、と私は思います。

 

ほんの小さなことかもしれませんが、あなたも一緒に考えて頂けると嬉しいです。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

この記事の執筆者

佐藤小雪

佐藤小雪
10歳でダイエットを始め、気がつくとダイエットに依存し、20代半ばで摂食障害を発症、29歳で完治。摂食障害克服後、「私は生き辛かったんだ」と本当の意味で気づき、受け入れ、向き合う。
現在は瞑想をライフワークとし、こころについて学び続けております。
摂食障害、親子関係など、様々な経験から”こころ”についてお話しさせて頂きたいと思っております。
あなたの”こころ”に小さな光を灯す事が出来ましたらとても嬉しいです。